年金の繰り下げ受給完全ガイド:初心者でもわかる基礎知識から実践的な利用方法まで
はじめに
年金制度は複雑で、特に「繰り下げ受給」という選択肢については十分に理解されていない方が多いのではないでしょうか。「年金はもらえるときにもらったほうがいい」という考え方が一般的ですが、実は繰り下げ受給を選択することで、生涯で受け取る年金総額が大きく変わる可能性があります。
この記事では、年金の繰り下げ受給について以下のポイントを解説します:
- 繰り下げ受給の基本的な仕組みとメリット・デメリット
- 具体的な増額率と受給総額の計算方法
- 繰り下げ受給が向いている人・向いていない人の特徴
- 実際の手続き方法と必要書類
- 繰り下げ受給を検討する際の判断材料
年金の繰り下げ受給は、将来的により多くの年金を受け取りたい方にとって有効な選択肢です。この記事を通じて、あなたの将来設計に役立つ知識を得ていただければ幸いです。
年金の繰り下げ受給とは
繰り下げ受給の概要
年金の繰り下げ受給とは、本来65歳から受け取れる老齢年金(老齢基礎年金と老齢厚生年金)の受給開始時期を遅らせることで、その分だけ年金額を増額して受け取ることができる制度です。2022年4月からの法改正により、繰り下げ可能な期間は最長で75歳までに延長されました。
繰り下げ受給は任意の選択であり、強制ではありません。65歳になったタイミングで「今すぐ受給するか」「繰り下げて増額された年金を将来受け取るか」を自分で選択できます。
受給開始年齢 | 増額率 | 65歳時の年金額が20万円の場合の月額 |
---|---|---|
65歳(標準) | 0% | 20万円 |
66歳 | 8.4% | 21万6,800円 |
67歳 | 16.8% | 23万3,600円 |
68歳 | 25.2% | 25万400円 |
70歳 | 42.0% | 28万4,000円 |
75歳 | 84.0% | 36万8,000円 |
繰り下げ受給のメリット
繰り下げ受給の最大のメリットは、受給額の大幅な増加です。2022年4月からの制度改正により、繰り下げ1か月あたりの増額率は0.7%となりました。これは年率に換算すると8.4%に相当します。
例えば、65歳時点での年金月額が20万円の方が70歳まで繰り下げると、42%増しの28万4,000円を受け取ることができます。さらに75歳まで繰り下げると、84%増しの36万8,000円となります。
このような高い増額率は、一般的な金融商品ではなかなか得られないため、長生きするほど大きなメリットを享受できます。
また、繰り下げによる増額分は物価スライドの対象となるため、将来のインフレリスクにも対応できる点も重要なメリットです。
繰り下げ受給のデメリット
一方で、繰り下げ受給には以下のようなデメリットも存在します:

-
繰り下げ期間中は年金を受け取れない:65歳から繰り下げ開始年齢までの期間は年金が支給されないため、その間の生活費を別途確保する必要があります。
-
早期に亡くなった場合は損をする可能性:寿命が短い場合、繰り下げによる増額分を十分に受け取る前に亡くなってしまうリスクがあります。
-
一度繰り下げると取り消せない:受給を開始すると、その後の変更はできません。
-
配偶者の加給年金は繰り下げ不可:厚生年金の加給年金(被保険者の配偶者に支給される加算分)は繰り下げの対象外です。
デメリット | 具体的な影響 | 対策 |
---|---|---|
繰り下げ期間中の無収入 | 65歳~受給開始までの生活費が必要 | 就労継続や貯蓄の活用 |
早期死亡のリスク | 元が取れない可能性 | 健康状態や家族の平均寿命を考慮 |
決定の不可逆性 | 一度受給開始すると変更不可 | 慎重な検討と専門家への相談 |
加給年金の制限 | 配偶者への加給年金は繰り下げ不可 | 家族全体の年金計画を立てる |
繰り下げ受給のシミュレーション
受給総額の比較
年金の繰り下げ受給が本当にお得かどうかを判断するには、生涯で受け取る年金総額を比較することが重要です。ここでは、65歳時点での年金月額が20万円の方を例に、受給開始年齢ごとの損益分岐点を見てみましょう。
受給開始年齢 | 月額年金 | 65歳から受給した場合と総額が同じになる年齢(損益分岐点) |
---|---|---|
65歳 | 20万円 | – |
66歳 | 21.68万円 | 77歳7か月 |
68歳 | 25.04万円 | 79歳2か月 |
70歳 | 28.4万円 | 80歳9か月 |
75歳 | 36.8万円 | 83歳10か月 |
この表から分かるように、70歳まで繰り下げた場合、80歳9か月を超えて生きれば、65歳から受給を開始するよりも総額で得をすることになります。日本人の平均寿命(男性81.47歳、女性87.57歳:2021年時点)を考えると、特に女性や健康に自信がある方にとっては、繰り下げ受給が有利になる可能性が高いと言えるでしょう。
インフレを考慮した実質価値
年金の繰り下げを検討する際には、将来のインフレ(物価上昇)も考慮する必要があります。年金額は物価スライドで調整されますが、完全に物価上昇に追いつくわけではありません。
繰り下げによる増額率(年8.4%)は、日本の長期的なインフレ率(約1~2%)を大きく上回るため、インフレ環境下でも実質的な価値を保ちやすいと言えます。

繰り下げ受給が向いている人・向いていない人
繰り下げ受給が向いている人
年金の繰り下げ受給は、以下のような特徴を持つ方に特に適しています:
-
健康状態が良く、長生きする可能性が高い方:家族の平均寿命が長い、持病がないなど
-
65歳以降も就労収入がある方:繰り下げ期間中の生活費を賄える収入がある
-
十分な貯蓄があり、当面の生活に困らない方:繰り下げ期間中の生活費を貯蓄から賄える
-
将来の生活費増加に備えたい方:医療費や介護費用の増加に備えて、後半生の年金額を増やしたい
-
所得税・住民税の負担を平準化したい方:就労収入と年金受給の時期をずらすことで税負担を最適化できる
繰り下げ受給が向いていない人
一方、以下のような方は繰り下げ受給を慎重に検討すべきでしょう:
-
健康に不安がある方:平均寿命より短命の可能性がある場合
-
65歳時点で生活費が不足する方:すぐに年金収入が必要な場合
-
配偶者の加給年金がある方:加給年金は繰り下げの対象外のため
-
国民健康保険の保険料負担が大きい方:年金収入が少ないと保険料が軽減される場合がある
向いている人 | 向いていない人 |
---|---|
健康状態が良く長寿の可能性が高い | 健康に不安がある |
65歳以降も就労収入がある | 65歳時点で生活費が不足する |
十分な貯蓄がある | 配偶者の加給年金がある |
将来の生活費増加に備えたい | 国民健康保険料の負担が大きい |
税負担の平準化を図りたい | 年金以外の収入が見込めない |
繰り下げ受給の手続き方法
繰り下げ受給の申請方法
年金の繰り下げ受給を希望する場合、特別な手続きは必要ありません。基本的には、65歳になっても年金請求の手続きをしないことで、自動的に繰り下げ状態になります。ただし、将来的に年金を受け取るためには、実際に受給を開始したい時期に「年金請求書」を提出する必要があります。
具体的な手続きの流れは以下の通りです:
- 65歳の誕生日の3か月前に日本年金機構から「年金請求書」が送付されます
- 繰り下げを希望する場合は、この時点では請求書を提出しません
- 実際に年金の受給を開始したい時期(66歳~75歳の間)に、改めて年金事務所または市区町村の国民年金窓口に「年金請求書」を提出します
なお、請求書の提出は受給開始希望月の前月までに行う必要があります。
必要書類と提出先
年金請求時に必要な書類は以下の通りです:
- 年金請求書(日本年金機構から送付されるもの、または年金事務所で入手可能)
- 本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、パスポートなど)
- 年金手帳または基礎年金番号通知書
- 振込先の金融機関の口座情報がわかるもの(通帳など)
- マイナンバーが確認できる書類
提出先は、お住まいの地域を管轄する年金事務所、または市区町村の国民年金窓口です。郵送での提出も可能ですが、不備があると手続きが遅れる可能性があるため、可能であれば窓口での提出をおすすめします。

提出書類 | 注意点 |
---|---|
年金請求書 | 記入漏れがないか確認 |
本人確認書類 | 有効期限内のもの |
年金手帳/基礎年金番号通知書 | 紛失した場合は再発行可能 |
振込先口座情報 | 本人名義の口座であること |
マイナンバー確認書類 | 通知カードは使用不可(2020年5月以降) |
繰り下げ受給の注意点
繰り下げ受給に関する重要な注意点をいくつか挙げておきます:
-
繰り下げ期間中の健康保険:65歳以降も働いている場合は勤務先の健康保険に加入できますが、そうでない場合は国民健康保険や後期高齢者医療制度に加入する必要があります。年金からの天引きができないため、別途納付する必要があります。
-
一部のみの繰り下げも可能:老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げることも可能です。例えば、基礎年金は65歳から受給し、厚生年金のみを繰り下げるといった選択もできます。
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遺族年金との調整:遺族厚生年金を受給している場合、老齢厚生年金との調整が必要になります。繰り下げを検討する際は、遺族年金を含めた総合的な判断が必要です。
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障害年金からの切り替え:障害年金を受給している場合、老齢年金への切り替えと繰り下げを検討する際は、どちらが有利かを比較検討する必要があります。
繰り下げ受給のメリットを最大化するポイント
健康管理と長寿リスクへの備え
繰り下げ受給のメリットを最大化するためには、健康寿命を延ばすことが重要です。定期的な健康診断、適度な運動、バランスの取れた食事など、健康管理に努めることで、繰り下げによる増額された年金を長く受け取ることができます。
また、長寿リスク(予想以上に長生きすることで資金が不足するリスク)への備えとして、繰り下げ受給は有効な選択肢となります。特に女性は平均寿命が長いため、繰り下げによるメリットが大きいと言えるでしょう。
税金と社会保険料の最適化
年金収入には税金がかかります。繰り下げ受給を検討する際は、税負担も考慮に入れましょう。例えば、65歳以降も働いている場合、年金と給与の両方を受け取ると税負担が増える可能性があります。繰り下げによって就労期間と年金受給期間をずらすことで、税負担を平準化できる場合があります。

また、国民健康保険や後期高齢者医療制度の保険料は所得に応じて変わります。年金収入と就労収入の組み合わせによって、社会保険料の負担が変わることも考慮しましょう。
項目 | 65歳から受給 | 繰り下げ受給 |
---|---|---|
税負担 | 就労収入と年金収入が重複 | 就労期間と年金受給期間をずらせる |
健康保険料 | 年金からの天引き可能 | 繰り下げ期間中は別途納付 |
所得控除 | 公的年金等控除の適用 | 繰り下げ期間中は適用なし |
生活資金 | 年金と就労収入の併用 | 主に就労収入に依存 |
資産運用との併用戦略
繰り下げ期間中の生活費を確保するために、資産運用を組み合わせる戦略も検討価値があります。例えば、65歳~70歳の期間は貯蓄や投資からの収入で生活し、70歳以降は増額された年金で生活するといった計画を立てることができます。
ただし、資産運用にはリスクが伴うため、安全性の高い金融商品(定期預金、国債など)と、ある程度のリターンが期待できる商品(投資信託など)をバランスよく組み合わせることが重要です。
よくある質問
Q1: 繰り下げ受給は、何歳までできますか?
A1: 2022年4月からの法改正により、繰り下げ受給は最長で75歳までできるようになりました。それ以前は70歳までが上限でした。75歳まで繰り下げると、65歳時点の年金額から最大84%増額されます。
Q2: 一度繰り下げを選択したら、途中で考えを変えることはできますか?
A2: 年金の請求をせずに繰り下げている状態であれば、いつでも請求することができます。ただし、一度年金の受給を開始すると、その後に繰り下げることはできません。また、受給開始後に「やはり繰り下げを続けたかった」と考えても変更はできませんので、請求の際は慎重に判断しましょう。
Q3: 厚生年金と国民年金を別々に繰り下げることはできますか?
A3: はい、可能です。老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金は別々に繰り下げることができます。例えば、基礎年金は65歳から受給し、厚生年金のみを70歳まで繰り下げるといった選択も可能です。ご自身の状況に合わせて、最適な組み合わせを検討しましょう。
Q4: 繰り下げ期間中の健康保険はどうなりますか?
A4: 65歳以降も会社員として働いている場合は、勤務先の健康保険に加入できます。そうでない場合は、国民健康保険または後期高齢者医療制度(75歳以上)に加入することになります。年金からの保険料天引きができないため、別途納付する必要があります。
Q5: 繰り下げ受給と在職老齢年金制度の関係はどうなっていますか?
A5: 在職老齢年金制度(働きながら年金を受け取る場合に年金が一部または全部支給停止される制度)は、年金を受給している場合に適用されます。繰り下げ期間中は年金を受給していないため、在職老齢年金の対象にはなりません。就労収入が多い場合は、年金が減額されるよりも繰り下げた方が有利なケースもあります。
まとめ
年金の繰り下げ受給について、主要なポイントをまとめます:
- 年金の繰り下げ受給は、65歳から最長75歳まで可能で、1か月あたり0.7%(年率8.4%)の増額率が適用される
- 70歳まで繰り下げると42%増、75歳まで繰り下げると84%増と大幅な増額が見込める
- 繰り下げが有利になる損益分岐点は、70歳繰り下げの場合約81歳、75歳繰り下げの場合約84歳
- 健康状態が良く長生きが見込める方、65歳以降も就労収入がある方、十分な貯蓄がある方に特に向いている
- 繰り下げ期間中は年金収入がないため、生活費を別途確保する必要がある
- 老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げることも可能
- 繰り下げを選択する際は、健康状態、家族の平均寿命、資産状況、就労予定などを総合的に考慮すべき
年金の繰り下げ受給は、将来の生活設計に大きな影響を与える選択です。ご自身の状況に合わせて慎重に判断し、必要に応じて年金事務所や金融機関のファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談することをおすすめします。
長寿社会の日本において、年金の繰り下げ受給は「長生きリスク」に対する有効な対策の一つです。この記事が、あなたの老後設計の一助となれば幸いです。
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